声ひとつで照明をつけ、エアコンを操作し、ロボット掃除機を動かす――。 そんな「映画のようなスマートホーム」は、少しずつ現実になっていますが、その一方で、
・メーカーごとにアプリや設定方法が違う
・Alexa対応と書いてあるのに、Google Homeでは使えない
・iPhoneでは便利だが、家族のAndroidではうまく連携できない
といった「バラバラ問題」に悩まされてきました。
こうした課題を解決するために登場したのが、スマートホームの共通規格 「Matter（マター）」 です。 本記事では、Anker、TP-Link、SwitchBotなど各社の公式解説を参考にしながら、Matterの仕組みとメリットを初心者の方にも分かりやすく整理します。
そもそも「スマートホーム」とは？
Matterの話に入る前に、まずはスマートホームの意味を簡単におさらいします。
スマートホームとは、インターネットと家電・住宅設備をつなぐことで、生活を自動化・遠隔操作できる家のことです。
・外出先からスマホでエアコンをオンにする
・ロボット掃除機を外出中に動かしておく
・スマートスピーカーに話しかけて照明を操作する
・玄関のスマートロックやセンサーで、防犯や見守りを行う
こうした仕組みすべてが、広い意味で「スマートホーム」に含まれます。
なぜいま「Matter」が必要なのか ─ 従来のスマートホームが抱えていた課題
従来のスマートホームには、大きく次のような課題がありました。
1）プラットフォームごとに「言語」が違う
Amazon Alexa、Google アシスタント（Google Home）、Apple HomeKit（Siri）など、便利なプラットフォームは揃っているものの、各社が使う「通信規格・制御方法（＝言語）」はバラバラでした。
そのため、
・A社のロボット掃除機はAlexaでしか操作できない
・B社のセキュリティカメラはApple HomeKit専用
・C社のセンサーはGoogle Homeアプリでしか設定できない
といった状況が頻繁に発生していました。
2）ユーザーは「対応プラットフォーム」を常に気にしなければならない
本来なら「性能」や「デザイン」で選びたいところですが、 「うちの環境はAlexaだから、この製品はあきらめる」 「家族がiPhoneとAndroidで分かれていて、どちらにも合う製品が分からない」 といった悩みが生まれ、スマートホームは決して“シンプル”とは言えない世界になっていました。
こうした断片化・複雑さが、スマートホーム普及の大きな壁になっていたわけです。
Matterとは？CSAが推進する「スマートホームのUSB規格」
Matterは、Connectivity Standards Alliance（CSA／旧Zigbee Alliance）が策定しているスマートホーム向けの共通規格です。 ホームオートメーションにおけるIoT機器同士の互換性・相互運用性を高めることを目的とし、ロイヤリティフリー（無償で利用可能な仕様）として開発されています。
Anker公式サイトの表現を借りると、Matterが目指しているのは「スマートホーム機器のUSBになること」です。
かつてパソコン周りの周辺機器は、接続端子やドライバーがバラバラでとても複雑でしたが、USBの普及によって「とりあえずUSBならつながる」という世界に変わりました。 Matterも同じように、
「メーカーやプラットフォームの垣根を越えて、Matter対応製品ならシンプルにつながる」
という状態を目指しています。
誰が推進しているのか？
Matterは特定企業の独占規格ではなく、標準化団体 CSA（Connectivity Standards Alliance） が中心となって推進しています。 CSAには、スマートホーム市場を牽引する多数の企業が参加しており、各社公式情報によれば、以下のような企業が名を連ねています。
・Amazon
・Apple
・Google
・Samsung SmartThings
・IKEA
・Huawei
・Schneider Electric など、多数の家電・半導体・スマートホーム企業
300社以上が参加しているとされ、業界全体でMatterを盛り上げていく構図になっています。
Matterが重視する3つのポイント：互換性・シンプルさ・信頼性
公式情報から整理すると、Matterが重視しているポイントは次の3つです。
1）互換性・相互運用性の確保
メーカーやプラットフォームの違いを超えて、異なるブランドのMatter対応デバイス同士がシームレスに連携できることを目指しています。 「Google Homeのアプリひとつで各社のデバイスをまとめて操作」「Matter対応のTapoやSwitchBot製品を同じアプリで管理」といった世界観です。
2）セットアップのシンプルさ
Matter対応製品は、QRコードスキャンやNFCタップなど、直感的なオンボーディングを基本とします。 最新バージョンでは、複数デバイスを一括で登録できる「拡張セットアップフロー（ESF）」や、マルチデバイス用の設定QRコードなども追加され、一般ユーザーにとっても導入のハードルが大きく下がる方向に進んでいます。
3）信頼性・セキュリティ
Matterネットワーク上の通信は強力に暗号化されており、デバイス認証や通信の安全性を確保する仕組みが組み込まれています。 さらに、できる限りローカルネットワーク内で通信を完結させる設計になっており、クラウド障害時でも家の中の操作が行える、応答が速い、情報が外部に出にくいといったメリットがあります。
Matterはどのように動く？仕組みと通信技術のポイント
IPベースのプロトコル＋既存ネットワーク技術
MatterはIPv6ベースのIPプロトコルを土台とした、アプリケーション層の標準規格です。 その下のネットワーク層では、主に以下の通信方式が使われます。
・Ethernet（有線LAN）
・Wi-Fi
・Thread（低消費電力メッシュネットワーク）
・Bluetooth Low Energy（BLE）：主に初期セットアップ（コミッショニング）に利用
Wi-Fiは、スマートテレビやカメラなど、比較的電源供給が安定していて大容量データを扱う機器に適しています。 一方、Threadは低消費電力でメッシュネットワークを形成できるため、ドアセンサーや人感センサー、バッテリー駆動のスマートロックなどに向いています。
「Matterそのものは“線の種類”ではなく、その上で動く“共通言語”」というイメージを持つと分かりやすいでしょう。
ローカル接続の考え方
従来のスマートホームでは、
「ユーザーの操作 → クラウドに送信 → 処理 → 家電へ指示」
と、クラウドサーバーを経由する構成が一般的でした。 この方式は、インターネットが不安定なときに動作しなかったり、応答が遅くなったりする弱点があります。
Matterでは、可能な限り自宅内のLAN（Wi-Fi＋Threadなど）で通信を完結させることが重視されています。 スマホからの操作は、Wi-FiルーターやThreadボーダールーターを経由しつつ、クラウドを介さずにデバイスに届くため、
・応答速度の向上
・インターネット障害時でも家の中は動く
・クラウドを経由するデータが減ることで、情報漏洩リスクの低減
といったメリットが期待できます。
Matterコントローラーとブリッジの役割
実際のスマートホーム構成では、
・Google Nest HubやAmazon Echoシリーズなどのスマートスピーカー／ディスプレイ
・Google HomeアプリやApple Homeアプリなどのスマホアプリ
・TP-LinkやSwitchBotなど各社の「Matterハブ」「Matterブリッジ」機器
がMatterコントローラー／ブリッジとして機能します。
これらは、
・Matter対応デバイスをネットワークに登録する（コミッショニング）
・複数のMatterデバイスをまとめて操作・自動化する
・既存のBluetooth機器や赤外線リモコン家電をMatterに“変換”するブリッジとして動く
といった役割を担い、異なるプラットフォームや古いデバイスを含めて「1つのスマートホーム」としてまとめるハブになっていきます。
Matterのバージョンと、広がり続ける対応機器
各社公式の情報をもとに、Matterのバージョンと対応機器の拡大を簡単に整理します。
| バージョン | リリース時期 | 主な追加・特徴 |
|---|---|---|
| Matter 1.0 | 2022年10月 | 照明、プラグ、スイッチ、空調コントローラー（サーモスタット）、ブラインド、センサー、スマートロック、テレビなど、スマートホームの中核カテゴリをサポート開始。 |
| Matter 1.1 | 2023年5月 | 新カテゴリ追加はなく、開発者向けの機能改善や安定性向上、バグ修正が中心。 |
| Matter 1.2 | 2023年10月 | 冷蔵庫、ポータブルエアコン、食洗機、洗濯機、ロボット掃除機、煙・一酸化炭素警報器、空気質センサー、空気清浄機、扇風機など、白物家電・空気環境系が本格対応。 |
| Matter 1.3 | 2024年5月 | オーブン、電子レンジ、クックトップ、換気フード、洗濯乾燥機、EV充電器、水管理（漏水センサーなど）、エネルギーレポート機能、シーン・コマンドバッチなどを追加。 |
| Matter 1.4 | 2024年11月 | バッテリー、太陽光発電システム、ホームルーター、給湯器、ヒートポンプなどの電力関連機器を強化し、スマートグリッドやHEMSといったエネルギー管理分野を強く意識した仕様に進化。 |
| Matter 1.4.1 | 2025年5月 | 拡張セットアップフロー（ESF）、マルチデバイス設定QRコード、NFCタグのオンボーディング情報など、よりスムーズなセットアップ体験にフォーカスしたアップデート。 |
このように、Matterは「対応カテゴリを広げつつ、セットアップと運用の快適さを磨き続けている」規格と言えます。
Matterでスマートホームはどう変わる？具体的なメリット
ここからは、ユーザー目線での変化を整理してみましょう。
1）デバイス選びの自由度が大きく向上
Matter対応ロゴさえチェックしておけば、基本的に主要プラットフォームでの利用が期待できるため、 「Alexa対応だから買えない」「HomeKit非対応だから諦める」といった制約は大きく減ります。
これにより、
・「機能」や「デザイン」「価格」の観点で純粋に製品を選びやすくなる
・家族がiPhoneとAndroidに分かれていても、同じデバイスを使える可能性が高い
・将来プラットフォームを乗り換えても、Matter対応デバイスなら再利用しやすい
といった、長期的なメリットも生まれます。
2）セットアップがシンプルに ─ QRコード＆NFCでサッと登録
Matter対応機器は、本体やパッケージに印刷されたQRコードをスマホで読み取るだけで、 ホームネットワークやスマートホームアプリに簡単に登録できるよう設計されています。
最新バージョンでは、
・複数のデバイスをまとめて登録できるマルチデバイスQRコード
・NFCタグをタップするだけでオンボーディング情報を取得
といった仕組みも導入されはじめており、「箱を開けてすぐに使い始められる」世界に近づいています。
3）「1つのアプリで全部操作」に近づく
TP-LinkやSwitchBotの公式情報でも強調されているように、 Matter対応アプリがあれば、異なるメーカーのMatterデバイスを1つのアプリで統合管理できる可能性が広がります。
・Tapo／Kasaアプリから他社のMatter対応デバイスを操作
・SwitchBotのMatterブリッジを介して、赤外線家電やBluetoothデバイスをMatterの世界に取り込み、ホームアプリやGoogle Homeから操作
といった構成が想定されており、「バラバラだったスマートホームをまとめる」方向に進んでいます。
4）ローカル接続による安定性とセキュリティ
ローカル接続を重視するMatterでは、
・クラウド経由の遅延が減り、操作の反応が速くなる
・インターネット障害があっても、自宅内の操作は継続しやすい
・機密性の高い情報がクラウドを経由する機会が減るため、セキュリティ面でもメリットが期待できる
といった利点があります。 スマートロックや防犯カメラ、在宅・外出センサーなど、安全性が重要な機器ほど、この設計思想の恩恵を受けやすいと言えるでしょう。
これからスマートホームを始める人の「Matterチェックポイント」
最後に、これからスマートホームを構築・拡張していく際に意識しておきたいポイントをまとめます。
1）新しく買うスマートデバイスは「Matter対応」か確認する
照明、プラグ、センサー、ロック、家電など、新たに購入するデバイスは、 パッケージや製品ページにMatterロゴがあるかどうかを確認しましょう。 対応しているほど、将来の拡張性と組み合わせの自由度が高くなります。
2）自宅のハブ／ルーター／スマートスピーカーの対応状況を把握する
すでに持っているスマートスピーカーやルーター、ハブがMatterに対応していれば、 それがMatterコントローラーとして機能し、複数のデバイスをまとめて管理できるようになります。
3）既存のBluetoothデバイスや赤外線家電をどう生かすか考える
SwitchBotなどが提供するMatterブリッジを利用すれば、 赤外線リモコン家電やBluetoothデバイスもMatter経由でホームアプリから操作できるようになるケースがあります。 「いきなり全部を買い替える」のではなく、ブリッジを使って既存機器を活かす選択肢も検討すると良いでしょう。
4）対応状況はアップデートで変わることを前提にする
Matter対応の範囲は、各プラットフォームやメーカーのファームウェア更新によって順次広がっていきます。 最新の対応状況や利用可能な機能については、各製品メーカーの情報を定期的にチェックする習慣を付けておくと安心です。
Matterについて詳しく知るための参考リンク
より詳細な技術情報や各社の対応状況を知りたい場合は、以下の公式解説も参考になります。
・「Matter」とは？スマートホームを支える共通規格 | Anker Japan 公式オンラインストア
・スマートホーム機器の新たな共通規格Matterとは？ | TP-Link 日本
・必見！スマートホームの新規格「Matter」とは？ | SwitchBot
・Matter 公式サイト（buildwithmatter.com）
まとめ：Matterで「プラットフォームの壁」が薄くなる未来へ
Matter（マター）は、CSAが推進するスマートホームの共通規格であり、
・メーカーやプラットフォームを越えた互換性・相互運用性
・QRコードやNFCによるシンプルなセットアップ
・ローカル接続を重視した高い応答性とセキュリティ
といった特徴を備えています。
バージョンアップのたびに対応機器のカテゴリは広がり、白物家電からエネルギー管理、EV充電器、ホームルーターまで、家全体をつなぐ基盤へと進化しつつあります。
これからスマートホームを始める人も、すでに複数のデバイスを導入している人も、今後は「Matter対応かどうか」を1つの重要な指標としてチェックしておく価値があると言えるでしょう。
プラットフォームの違いに縛られず、より自由でストレスの少ないスマートライフに向けて、Matterの動向には今後も注目していきたいところです。
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