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Apple WatchやFitbitのデータが裁判で「証拠」になる時代へ|米国で進むウェアラブル×人身傷害訴訟の現在地

コラム・業界分析

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「これからは犯罪の99%にデジタル要素が絡むようになる。小さなセンサーが至るところにあって、私たちはそれを身に着け、家の中にも置いているのだから」――これは米シャンプレーン大学のデジタル鑑識講師ジョナサン・ラジェフスキー氏が刑事捜査について語った言葉です。海外メディアのThe AI Journalによると、この同じ構図がいま、米国の人身傷害訴訟(personal injury law、自動車事故・転倒・労災などの賠償請求)の現場で急速に広がりつつあるといいます。Apple Watchが手首に刻む歩数や心拍、Oura Ringが記録する睡眠ステージ、Fitbitが残す位置情報――それらが「事故前後の被害者の状態」を裏付ける一次証拠として、原告・被告双方から真っ先に提出されるようになってきました。本記事ではThe AI Journalが示したデータをもとに、ウェアラブル普及の現状と、そこから見えてくる「身に着けている記録が、いつか自分自身を語り始める時代」の輪郭を整理します。

Source: The AI Journal

米国の大人の約3割がヘルストラッカーを着けている

ウェアラブルは2018年あたりからニッチな製品ではなくなり、2025年には「ごく当たり前の家庭用品」になりました。The AI Journalがまとめている主要な数字を整理すると、いまの普及度がよく分かります。

指標 2025年の数値 出典
世界のウェアラブル年間出荷台数 6億1,150万台 IDC
世界のスマートウォッチユーザー数 約5億6,200万人 Statista/DemandSage
米国の大人でヘルストラッカーを身に着けている割合 約30% Persistence Market Research
世界のウェアラブル市場規模 860億〜2,190億ドル(予測機関により幅) IDC/MarketsandMarkets/Mordor Intelligence
スマートウォッチユーザーのうち健康指標を実際にトラッキングしている割合 約92% DemandSage
米国eHealthトラッカーの最大手シェア Appleが約58% Statista

10年前は、人身傷害の弁護士が「ふだんの活動量のデータをお持ちですか」と被害者に尋ねるのは珍しいことでした。いまではそれが原告側・被告側どちらの弁護士にとっても、最初に静かに確認する項目のひとつになっているとThe AI Journalは指摘しています。米国の成人の30%という数字は、裁判官・保険会社・弁護士・鑑識担当者の誰もが、もはや「ウェアラブルを持っていない可能性のほうが少数派」を前提に動かざるを得ない水準です。

計測精度は「両刃の剣」――データは原告にも被告にも刃を向ける

この話で見落としがちなのは、ウェアラブルのデータが必ずしも「持ち主に都合がいいもの」ではないという点です。主要ブランドの第三者測定では、それなりに大きな誤差が報告されています。The AI Journalが紹介している精度比較は次のとおりです。

デバイス(例) 消費カロリー誤差 歩数誤差 睡眠誤差 心拍誤差
Fitbit 約15% 約21.9% 約13% モデル差が大きい
Polar 約17% ほぼ0 約8% ほぼ0
Oura Ring 約13% 主要指標ではない 約6% 約3%

ここで重要なのは「使えないデータ」だと言うことではなく、「データには既知の限界があり、その限界は法廷で必ず反対側から突かれる」という点です。事故後に活動量が落ちたことを示したい原告にとってウェアラブルの記録は強力な味方になりますが、たとえば「車の助手席に乗っていた時間が歩数として計測されてしまった週末」が混ざっていれば、その1点を被告側に突かれます。逆に、被告側が「歩数を見るとそれなりに動けているので痛みは誇張ではないか」と主張しても、その歩数がノイズの多いセンサー読みだったり、車の同乗中の振動だったりすれば、原告側はそこを切り崩しにいけます。現代の人身傷害実務は、かつてレントゲン画像を専門家と一緒に読み込んでいたのと同じ姿勢で、ウェアラブルのデータを「専門家を交えて、単独の数値を鵜呑みにせず」読むスタイルに移ってきている、というのがThe AI Journalの見立てです。

「証拠が消える前に動けるか」――州ごとに違うディスカバリーの時計

もうひとつ、日本の読者には馴染みが薄いものの、米国では生々しい論点があります。それは「ウェアラブルのデータは、何もしなければ自動的に保全されない」ということです。Apple Health、Fitbit、Garmin Connect、Oura、Samsung Health、Google Fit――どのプラットフォームにも独自のデータ保持期間と、独自の法務対応手続きがあります。詳細な秒単位データを何年も保持するサービスもあれば、もっと短い期間で要約・破棄に回してしまうサービスもあります。事故が起きた日からそのカウントダウンは始まっているのに、訴訟になるまで誰も気づかない、という事故が起きやすい構造です。

特にカリフォルニア州ではディスカバリー(証拠開示)の制度が広く、電子的に保存された情報も明確に対象範囲に含まれるため、「先にウェアラブルデータを要求・保全・解析した側が有利になりやすい」とThe AI Journalは説明しています。記事内ではサンルイス・オビスポの人身傷害弁護士のように、各プラットフォームのエクスポート手順を熟知し、デジタル鑑識の技術者と組める弁護士に早期に依頼することの重要性が強調されていました。事故発生からおよそ60日間が、証拠に関する最も重要な意思決定がなされるウィンドウだといいます。

同じことは被告側――保険会社や被告側弁護人にも当てはまります。最近では訴状が出る前の段階で、保険会社の側から「将来訴訟になりうるので関係データを保全せよ」という早期の保全請求を出すケースが増えてきており、ウェアラブルのデータが「事件報告書を巡って双方が議論している間、サーバーの片隅でただ眠っていた時代」は終わりつつあります。

HIPAAの外側――プライバシー法は追いついていない

もう一点、はっきりさせておきたいのは、ウェアラブルのデータは米国のプライバシー法が想定していなかった「グレーゾーン」に座っているということです。米国のHIPAA(医療情報のプライバシーを規定する連邦法)は、医療提供者・保険プラン・特定の業務提携先が扱う保護対象保健情報をカバーしますが、消費者向けフィットネスデバイスのデータは原則としてこの傘の外に出ます。

つまり「何が、誰に、どのような法的強制力のもとで共有されるか」は、ほぼ各プラットフォームの利用規約に委ねられているのが実態です。召喚状や裁判所命令が出れば、ユーザー側がどう扱われると期待していたかにかかわらず、データは原則として開示の対象になります。原告(被害者)側から見ると、「身に着けて記録したものはすべて、訴訟になれば提出され得る情報」だということになります。これは原告に限った話ではなく、毎日普通にウェアラブルを着けているすべての人にとって、自分が生み出しているデータが「人生の静かな環境記録」として機能し始めている、ということでもあります。司法の側はこの10年でその記録の使い方を学んできましたが、それを取り巻くプライバシーの枠組みはまだ書かれている途中で、いまのところ大半はプラットフォームの規約、ときどき州の立法、ごくまれに連邦議会、という順番でしか整っていないというのがThe AI Journalの整理です。

日本のユーザーが「他人事」では済まなくなる日

これは米国の法制度を前提にした話で、日本の人身傷害(交通事故・労災・転倒事故などの賠償)の実務にそのまま当てはまるわけではありません。日本の民事訴訟は米国型のディスカバリー制度を持たず、当事者が保有するデータを相手方に強制的に開示させる仕組みは限定的です。ですから「Apple Watchの歩数が即・裁判の証拠として提出される」状況は、現時点では一般的とは言えません。

ただし、すでに保険会社や医療機関、リハビリ専門職の現場では、ウェアラブルの記録を「客観的な活動量の参考データ」として参照する動きが少しずつ広がっています。事故後のリハビリ進捗を歩数や心拍データで示す、夜間の睡眠状態を医師に共有する、といった使い方はすでに珍しくありません。米国のように「証拠としてどこまで採用するか」が大きな論点になる前に、私たちユーザーの側でも「自分のスマートウォッチに何が記録されているのか」「それを誰に渡すのか」を、日常的に意識しておく価値はあると思います。

記事冒頭でラジェフスキー氏が「犯罪の99%にデジタル要素が絡む」と語ったように、人身傷害の領域でも「いずれ請求案件の99%に、当事者の意思とは無関係にデジタル要素が含まれるようになる」とThe AI Journalは予測しています。原告側の手首のウェアラブル、被告側ドライバーの手首のスマートウォッチ、現場のポケットの中のスマートフォン、近くに駐車されたコネクテッドカー――これらが組み合わさって、被害者も保険会社も「もはや無視できない証拠の流れ」を形作る、というのが米国の現在地です。

まとめ

ウェアラブルは、健康管理やワークアウトの記録のためだけのものではなくなりつつあります。米国ではすでに、Apple Watch・Fitbit・Oura・Garminといったデバイスが残す歩数・心拍・睡眠・位置情報が、人身傷害訴訟の現場で「被害者の本当の状態」を示す一次証拠として真っ先に検討される存在になっています。データには既知の精度の限界があり、その限界は法廷で必ず両方向から突かれます。プラットフォームごとのデータ保持期間や、HIPAAの外側に置かれているという法的な性質も、これからますます重みを持ってくるはずです。

日本ではまだ訴訟実務への影響は限定的ですが、保険・医療・リハビリの現場ではすでにウェアラブルデータが参照され始めています。普段からスマートウォッチやスマートリングを身に着けている人ほど、「自分のデバイスが何を記録しているのか」「それを誰と共有しているのか」を、いま一度確認しておく価値があります。スマートウォッチが時計から「自分のセカンドカルテ」に進化していくこの数年は、ユーザーの側にも、これまでとは少し違う情報リテラシーを求める時期になりそうです。

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