Google、ウェアラブル健康データの基盤モデル「SensorFM」を発表|500万人・1兆分のセンサーデータで学習、35の健康予測に対応

コラム・業界分析

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Google Researchのウェアラブルヘルス基盤モデルSensorFMの概念図。1兆分超のセンサーデータで事前学習

Apple WatchやFitbit、Google Pixel Watchなどのウェアラブルは、心拍数や睡眠、血中酸素、皮膚温を毎日休みなく記録しています。ただ、そうした細かなデータを「意味のある健康の気づき」に変えるのは簡単ではありません。Google Research(グーグルの研究部門)は2026年7月9日、この課題に挑むウェアラブルヘルスの基盤モデル「SensorFM」を発表しました。500万人・のべ1兆分を超えるセンサーデータで学習し、35もの健康予測タスクに1つのモデルで対応できるという意欲的な研究です。少し専門的な内容ですが、スマートウォッチの健康機能がこの先どう賢くなっていくのかを占う話なので、できるだけやさしく整理します。

SensorFMとは? 1兆分のセンサーデータで学ぶ「健康の基盤モデル」

「SensorFM」は、ウェアラブルのセンサーデータそのものから人間の生理を学ぶ「基盤モデル(ファウンデーションモデル)」です。基盤モデルとは、大量のデータで幅広く事前学習しておき、あとからさまざまな用途に応用できる汎用的なAIのこと。文章向けの大規模言語モデルの「センサー版」とイメージするとわかりやすいかもしれません。

学習に使われたのは、健康・ウェルネス研究への利用に同意した500万人分の匿名データ(2024年9月〜2025年9月)。100か国以上・全米50州、20機種を超えるFitbitとPixel Watchから集められ、1人あたり数週間分、合計でのべ20億時間超(1兆分超)という、これまでで最大級のウェアラブルデータセットになっています。

SensorFMが扱うのは、5つのセンサー(PPG=光電容積脈波、加速度、皮膚電気活動、皮膚温、高度)から得られる34種類の1分ごとの特徴量です。これらから心拍数や心拍変動、血中酸素、睡眠段階、歩数や動き、皮膚温などを、24時間まるごと捉えます。

なぜこれまでのウェアラブル健康AIは難しかったのか

ウェアラブルの健康データ活用には、大きく2つの壁がありました。

1つは「個人差」です。安静時の生理状態や生活習慣、健康状態は人によって大きく異なり、ある人ではリスクを示すパターンが、別の人ではそうならないことも珍しくありません。

もう1つは「ラベルの壁」です。AIの学習には、確定診断や検査結果、検証済みのアンケートといった「正解ラベル」が必要ですが、これらは収集にお金も時間もかかり、過去にさかのぼって集めるのはほぼ不可能です。その結果、これまでのウェアラブル健康モデルは「1つの症状に1つのモデル」を個別に作るしかなく、人間の健康の幅広さに対応しづらいという限界がありました。

ラベルなしで学ぶ:欠損を「味方」にする仕組み

SensorFMは、正解ラベルに頼らず、データの一部を隠して復元する「自己教師あり学習」で学びます。ここで効いてくるのが、ウェアラブル特有の「データの欠け」への対応です。

ウェアラブルは、センサーの電源サイクルや、腕から外している時間、省電力モードなどの理由で、データが途切れるのが当たり前。従来の手法は「欠けを埋める(バイアスが入りやすい)」か「欠けたデータを捨てる(貴重なデータを失う)」かの二択でした。SensorFMが採用する「AIM」という枠組みは、そのどちらでもなく、現実の欠損を自然なものとしてそのまま学習に取り込みます。結果として、欠けたデータを我慢して使うのではなく、むしろ積極的に活かせる「欠損に強い」モデルになっているのが特徴です。

データとモデルを一緒に大きくすると、性能が伸び続ける

SensorFMのスケーリング実験グラフ。データ量とモデルサイズを同時に拡大すると性能が向上

画像出典:Google Research「SensorFM」ブログ

基盤モデルで重要なのは「規模を大きくすれば賢くなるのか」という点です。研究チームは、学習データ量(約200万〜20億センサー時間)とモデルサイズ(10万〜1億パラメータ)を、それぞれ1万倍規模で変えて実験しました。

結果はきれいな右肩上がりでした。最大モデル「SensorFM-B」は、最小モデルに比べて復元の誤差を31%削減し、下流の健康タスクでも分類で平均9%(AUC)、回帰で21%(相関係数)の性能向上を達成。しかも性能が頭打ちになる兆しは見えず、データとモデルを同時に大きくするほど、ほぼ比例して性能が伸びました。モデルの種類ごとの比較でも、SensorFM-Bは35タスク中33で最高性能でした。

1つの表現で、多くの健康領域へ

SensorFMの埋め込みを使った線形プローブが健康タスクで性能改善を示すグラフ

画像出典:Google Research「SensorFM」ブログ

学習した「表現」がどれだけ汎用的かを確かめるため、研究チームは独立した3つの前向き研究(合計13,985人)から集めた35の健康タスクで検証しました。タスクは心血管、代謝リスク、メンタルヘルス、睡眠、属性、ライフスタイルの6カテゴリにわたります。

SensorFMの中身(エンコーダ)は凍結したまま、その上に軽い判定器だけを載せて評価したところ、35タスク中34で、従来の特徴量ベースの手法を上回りました。特に注目されるのは、うつや不安のように人によるばらつきが大きく、センサーにかすかな痕跡しか残さない状態でも強みを発揮した点です。さらに、少量の正解ラベルだけで既存手法を上回る「ラベル効率」の高さも示され、良質なラベルが希少な医療分野では大きな利点になります。

予測モデルを自動で作る「エージェントの教室」

LLMエージェントが協調・競争してコードを生成・改良しSensorFMの予測ヘッドを作る仕組みの図

画像出典:Google Research「SensorFM」ブログ

汎用的な表現があっても、新しい予測課題ごとに人手で調整するのは大変です。そこで研究チームは、複数のLLM(大規模言語モデル)エージェントが協力・競争しながら、予測モデルのコードを自動で生成・検証・改良する「エージェントの教室」を用意しました。実験全体で3万を超える候補が試されたといいます。

こうして自動設計された予測器は、シンプルな線形手法を分類20タスク中16、回帰15タスク中12で上回りました。しかも、より高性能なLLM(新しいバージョンのGeminiなど)を使うほど良い解が生まれ、性能が控えめなモデルでもエージェント同士の協調で差を縮められたとしています。

パーソナル健康エージェントを「本人の身体」で裏付ける

SensorFMをツールとして使うとパーソナルヘルスエージェントの回答が医師評価で改善するグラフ

画像出典:Google Research「SensorFM」ブログ

最後に研究チームは、SensorFMをAI健康コーチ(パーソナルヘルスエージェント)を「本人の生理データ」で裏付けるツールとして使えるかを検証しました。31人分の実際のプロファイルを使い、健康サマリーを生成する3つの条件を比較しています。

条件を伏せた医師のパネルが、文脈・関連性・妥当性・パーソナライズ・有害性の5観点で評価し、40時間超・1,860件の評価を実施。その結果、SensorFMの予測を加えるとすべての観点でベースラインより有意に改善しました。さらに、SensorFMの予測で裏付けた場合と、実測値で裏付けた場合との間に統計的に有意な差は見られなかったといいます。つまり、モデルの推定が実際の検査ラベルと同じくらい役立った、ということになります。

ウェアラブルヘルスの未来にとって何を意味するのか

SensorFMが示すのは、「1つの症状に1つのモデル」を個別に作る時代から、人間の生理を1つの汎用的な表現として学び、柔軟かつ効率的に応用していく方向へのシフトです。心血管・代謝・睡眠・メンタルヘルスまで横断し、少ないラベルでも適応でき、AIエージェントで自動的に専門化し、AI健康コーチを本人のデータで裏付けられる——そうした可能性が、1兆分という桁違いのデータから見えてきました。

これはあくまで研究段階の成果で、そのまま製品になるわけではありません。ただ、FitbitやPixel Watchのデータが土台になっていることを踏まえると、将来スマートウォッチが返してくれる健康アドバイスが、今よりずっと一人ひとりに寄り添ったものになっていく——その入り口を示す研究だといえそうです。

Source(本文・画像とも): Google Research「SensorFM: Towards a general intelligence and interface for wearable health data」

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