スマートウォッチやスマートバンドが日常に浸透する中で、「健康管理」の枠を超え、医療やメンタルヘルスの分野でも活用できるのではないかという期待が高まっています。
そんな中、ウェアラブルデバイスで取得される心拍変動(HRV)や睡眠データが、双極性障害における気分エピソードの予測に役立つ可能性を示す研究をテックドクターが発表しました。
本研究では、市販のウェアラブルデバイスGoogle Fitbit Charge 6とスマートフォンアプリを組み合わせ、日常生活下で取得される生理データと気分変動の関係を約8か月にわたって分析しています。
気分の変化を本人の感覚や自己申告だけに頼らず、客観的なデータから捉えようとする点が特徴で、ウェアラブルデバイスが精神医療の新たな手がかりになり得ることを示唆する内容として注目されています。
研究の背景:気分エピソード予測は精神医療の重要課題

双極性障害は、躁状態とうつ状態を繰り返す慢性の精神疾患で、再発を重ねることで生活の質(QOL)や社会生活に大きな影響を及ぼします。そのため、気分エピソードをできるだけ早く察知し、予防的に介入することが重要とされています。
しかし、従来の診療では問診や質問票など自己申告に依存する場面が多く、記憶の曖昧さや主観的な偏りによって、兆候を見逃してしまう可能性がありました。こうした課題から、客観的かつ継続的に取得できる生理データへの関心が高まっています。
研究概要:ウェアラブル×アプリによる約8か月の継続観測
本研究では、双極性障害と診断された40代男性1名を対象に、約8か月間にわたり以下のデータが収集・分析されました。
・研究期間:2024年2月~11月
・対象者:双極性障害と診断された40代男性1名
・客観データ:Google Fitbit Charge 6から取得した心拍数、心拍変動(HRV)、睡眠、活動量
・主観評価:eMoodsアプリによる毎日の自己評価スコア
気分状態は以下の4項目について、1(なし)~4(重度)の4段階で日々記録されています。
・Depressed Mood(抑うつ気分)
・Elevated Mood(気分高揚)
・Irritability(易刺激性)
・Anxiety(不安)
主な研究結果:夜間HRVと睡眠が気分変動の兆候に
夜間HRVの低下が抑うつ症状に先行
夜間のHRV指標であるRMSSDが、個人のベースラインから1.5標準偏差以上低下した場合、約87%の確率で7日以内に抑うつスコアが悪化していました。
これは、本人が自覚する前の段階で、生理学的な変化が現れている可能性を示しています。
睡眠時間の短縮と気分高揚の関連
睡眠時間が短くなるほど、気分高揚(Elevated Mood)の重症度が高まる傾向も確認されました。
気分高揚が軽度の群と中等度以上の群では、ベッドにいる時間に約60分の有意差が見られています。
日中のHRVや活動量との明確な関連は確認されず
一方で、日中のHRVや活動量と気分スコアとの間には、明確な関連は認められませんでした。
特に夜間データの重要性が示唆される結果となっています。

社会的意義:日常データが「気づき」を支える可能性
本研究の特徴は、市販のウェアラブルデバイスを用い、日常環境下で長期間・連続的にデータを取得した点にあります。
双極性障害の同一症例において、抑うつ症状と高揚症状の双方に関連する生理学的パターンを示した報告は多くありません。
特に夜間HRVの変化は、自己申告では捉えにくい気分エピソード前の兆候を示す可能性があり、早期の気づきやセルフケア、将来的な医療介入の判断材料として期待されます。
今後の展望
今回の研究は1症例による報告であり、臨床応用にはさらなる検証が必要です。今後は、より大規模な症例を対象とした追跡研究や、予測モデルの構築を通じて、ウェアラブル由来データの有用性が検証されていく予定とされています。
テックドクターは、ウェアラブルデバイスを活用したデジタルバイオマーカーの開発を通じて、精神疾患領域における客観的評価手法の確立と、データに基づく医療の発展に貢献していくとしています。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Psychiatry
論文タイトル:Wearable-Derived Heart Rate Variability and Sleep Monitoring as Predictors of Mood Episodes in Bipolar Disorder: A Case Report
DOI:10.3389/fpsyt.2025.1695158
Source:
Frontiers in Psychiatry
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