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海外のサービスにうっかり課金されて、明細を見たら見慣れない請求元だった。その所在地を調べたら「キプロス」だった。そんな経験をした方は、たぶんこう思ったはずです。キプロスって、どこだっけ。
地中海の東、トルコの南にある島国です。人口は100万人ほど。日本人にとっては、まず旅行先として名前が出てくるかどうか、という国でしょう。
ところがこの国、日本の消費者が海外事業者との間で抱えたトラブルの統計に、毎年しっかり顔を出しています。
2024年度は、キプロスが1位だった

国民生活センターの越境消費者センター(CCJ)が2026年8月5日に公表した集計によると、2025年度に寄せられた相談のうち、相手方事業者の所在地が判別できたのは5,346件でした。その内訳は、アメリカが30.2%(1,612件)で最多、次いでキプロスが11.7%(624件)です。
そして前の年、2024年度はキプロスが1位でした。19.2%(642件)で、アメリカの18.5%(618件)をわずかに上回っています。
ここで数字の読み方に注意が必要です。冒頭のグラフを見てください。
キプロスの順位が1位から2位に下がったのは、キプロスが減ったからではありません。件数は642件から624件でほぼ横ばいです。順位が入れ替わったのは、アメリカが618件から1,612件へと2.6倍に増えたからでした。
つまりキプロスは、2年続けて同じくらいの規模で、日本の消費者トラブルの相手方になり続けている、ということになります。
キプロスにいるのは、どんな事業者なのか

発表資料は、国ごとにどんな事業者が所在していたかにも触れています。キプロスについてはこう書かれています。
「キプロス」はオンラインサービスのサブスク解約に関する相談が寄せられ、PDF編集サイト等の運営事業者が所在していました。
PDF編集サイト。ブラウザでPDFを結合したり、Wordに変換したりする、あの種類のサービスです。仕事で急いでいるときに検索して、無料のつもりで使ったら課金が始まっていた、という話は聞き覚えのある方もいるかもしれません。
ちなみにアメリカには電子渡航認証(ESTA等)の申請代行サイトや性格診断系サイトの事業者が、シンガポールには航空券や衣類を扱う事業者が所在していました。国ごとに、集まっている業種の色が違います。
なぜキプロスなのか(1)EU加盟国であること
ここからは、なぜオンラインサービスの事業者がキプロスに集まるのかを見ていきます。先に書いておくと、これは違法な抜け道の話ではありません。制度として用意されているものを使っている、という話です。そして理由は、税金だけではありません。
まず前提として、キプロスはEU加盟国です。これが効きます。
EU域内の消費者にデジタルサービスを売ると、消費者が住んでいる国のVAT(付加価値税)がかかります。申告は「One Stop Shop(OSS)」という仕組みで1か国にまとめられるので、27か国に個別に申告する必要はありません。ただしOSSにはEU域外の事業者が使える枠(非EU型)もあるので、これだけが目的ならEUに拠点を置く必要はありません。
EU加盟国であることが本当に効くのは、その先です。EU域内に法人があれば、単一市場のルールに乗って27か国にサービスを提供できます。免許が必要な分野では、1か国で取得した免許でEU全域に展開できる「パスポーティング」も使えます。
なぜキプロスなのか(2)税制がソフトウェアと相性がいい
そのうえで、税制がかなり効いています。PwCの資料で確認できる範囲では、次のような設計です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法人税率 | 15%(2026年1月1日から。2025年12月31日までは12.5%) |
| IP Box | 適格な知的財産から生じた利益の80%を「みなし経費」として損金算入できる |
| 源泉徴収 | 配当・利息・ロイヤルティの国外送金に原則として課さない(EUブラックリスト掲載国向けや、キプロス国内で使用される権利のロイヤルティなどを除く) |
とくにIP Boxがポイントです。適格な知的財産から得た利益の80%をみなし経費として差し引けるので、課税対象になるのは残りの20%だけになります。単純に計算すると、実効税率は15%×20%=3%(2025年12月31日までなら12.5%×20%=2.5%)ということになります。
そして、この「適格な知的財産」に著作権のあるソフトウェアが含まれています。特許や実用新案と並んで、ソフトウェアが明示されている。オンラインサービスを運営する会社にとって、これ以上ないほど噛み合った制度です。
ただし、この3%はあくまで制度上の下限で、実際にそこまで下がる会社はまれです。80%控除の対象になる利益は、R&Dをどれだけ自社でやっているかに応じた掛け目(modified nexus fraction)で圧縮されます。自社開発の比率が低いほど、控除できる額は小さくなる仕組みです。また商標などマーケティング関連の知的財産は、そもそも対象外とされています。
「怪しい国」ではない
ここまで読むと、キプロスに黒い印象を持たれるかもしれません。それは正確ではないので、はっきり書いておきます。
キプロスには、誰もが名前を知っている企業のEU拠点があります。以下に挙げる2社は、CCJに寄せられた相談とは関係がありません。キプロスに法人を置くことがごく普通の選択である、という例です。
たとえば投資プラットフォームのeToroは、EU向けの事業をキプロスの法人「eToro (Europe) Ltd」が担っています。キプロス証券取引委員会(CySEC)からライセンス番号109/10で認可・監督を受けていて、登記上の住所はリマソールです。2025年1月にはCySECからMiCA(暗号資産市場規制)のライセンスも取得し、これを使ってEEA(欧州経済領域)全域でサービスを提供しています。前の章で書いたパスポーティングの、そのままの例です。免許を出す当局がキプロスにあることが理由であって、税制の話ではありません。
ゲーム会社のWargaming(『World of Tanks』の開発元)も、グループの拠点をキプロスの首都ニコシアに置いています。同社の法務ページに記載されている所在地もニコシアです。
会計監査も原則として義務づけられていますし、EUのPillar Two(連結売上7.5億ユーロ以上の企業グループに最低15%の法人税を求めるルール)もキプロスは導入済みです。無法地帯ではありません。
要するに、キプロスに会社があること自体は、まったく普通のことです。EUの中でオンラインサービスを展開するなら、合理的な選択肢のひとつです。
それでも、消費者から見ると何が変わるか
問題は、事業者にとっての合理性と、消費者にとっての分かりやすさが一致しないことです。
日本語で表示されているサイトを使い、日本円で決済しているつもりでも、契約の相手は地中海の島にいる会社かもしれない。そうなると起きるのは、次のようなことです。
・問い合わせや解約の手続きが英語になる
・時差があり、やり取りに時間がかかる
・日本の消費生活センターでは対応が難しい場合がある
実際、2025年度の越境消費者相談9,127件のうち53.0%が「解約」に関するものでした。海外事業者とのトラブルというと偽物や詐欺を思い浮かべますが、いちばん多いのは「契約を切れない」なのです。
なお、先ほどの5,346件は、相談9,127件から所在地が判別できなかった2,474件と、相手が国内事業者だった1,307件を除いた数です。トラブルになってから調べても相手の国すら分からない、というケースが相談全体の4分の1を超えている。キプロスと分かるだけ、まだましだという見方もできます。
できることは、契約する前に確認しておくこと
相手が海外にいると分かってから打てる手は、多くありません。だからこそ順番が大事です。
登録する前に、そのサービスの運営会社がどこの国の法人なのかを見る。利用規約(英語表示なら「Terms and Conditions」)に、トライアルの条件と解約方法が書かれているかを見る。この2つだけでも、あとで詰まる確率はかなり下がります。
トラブルになってしまった場合は、消費者ホットライン「188(いやや!)」で最寄りの消費生活センター等を案内してもらえます。相手が海外事業者だと分かっている場合は、越境消費者センター(CCJ)というオンラインの専用窓口もあります。
まとめ
キプロスは2024年度に日本の越境消費者相談で1位、2025年度も624件で2位でした。所在していたのは、PDF編集サイトなどオンラインサービスのサブスクを運営する事業者です。
集まる理由ははっきりしています。EU単一市場の中で27か国に売ることができ、法人税が低く、著作権のあるソフトウェアがIP Boxの対象になる。ソフトウェア事業と噛み合った制度が揃っています。そしてこれは、後ろ暗い仕組みではありません。キプロスに法人を置いている企業には、eToroやWargamingのような広く知られた会社も含まれます。
ただ、その普通の選択の結果として、日本の消費者から見た請求元は海外になります。カードの明細に見慣れない名前があったら、まずどこの国の会社なのかを調べてみる。それが最初の一歩になります。
Source: 国民生活センター「2025年度 越境消費者相談の状況-越境消費者センター(CCJ)より-」(2026年8月5日・PDF)/PwC Worldwide Tax Summaries「Cyprus – Corporate – Taxes on corporate income」/PwC Worldwide Tax Summaries「Cyprus – Corporate – Tax credits and incentives」/eToro Regulation and License/Wargaming Legal
グラフは国民生活センターの公表数値をもとに編集部が作成
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